文学的な文章を論理的に読解する指導について――『こころ』を題材として――

 

1 新学習指導要領における「論理」の概念
 平成30年に告示された新学習指導要領(以下『要領』)は、論理を重視している。6科目のうち「文学国語」を除く5科目の目標において「論理的に考える力」を伸ばすことが言及されていること、その名も「論理国語」という科目が新設されていることから、それは明らかである。
 そのこと自体は、まことに結構なことである。しかし、気になることがある。それは、先ほど触れた「文学国語」の目標において「論理的に考える力」が言及されていないこと
であり、『高等学校学習指導要領解説』(以下『解説』)p112に「論理的な文章も実用的な文章も、小説、物語、詩、短歌、俳句などの文学的な文章を除いた文章である。」とあることである。つまり、『要領』においては、「文学」と「論理」とが対立概念としてとらえられているのである。その点に異論を持つ。
 多くの物語作品を読めば感得できるように、文学的な文章にもいくつかの論理性が内在している。それらを把握することによって感興が生じるのである。ゆえに、文学的な文章を読む場合にも、そこに内在する論理性を読解することが主要な課題の一つとなるし、その過程を通して「論理的に考える力」を伸ばすことができる、と考える。

2 論理とは何か
 そもそも、論理とは何か。
 『要領』における「論理的に考える」ことについての説明に相当すると思われるのは『解説』p35にある「話や文章に含まれている情報を取り出して整理したり、その関係を捉えたりすること」「自分のもつ情報を整理して、その関係を分かりやすく明確にすること」という記述である。一応、論理とは「情報と情報との関係」である、と言えよう。この関係について『要領』では「主張と論拠など情報と情報との関係」「個別の情報と一般化された情報との関係」(「現代の国語」)などと説明してある。また、『解説』p158で「構成や論理の展開」の説明として「全体が筋道の通った展開になるように、主張との関係を考えながら根拠となる情報を取捨選択し、『問い』から『答え』に至る筋道が明確に見えるような構成を工夫することが考えられる」という記述もある。
 これらをふまえて、私見では(多くの論者の考察に学んでいるが)、「情報と情報との関係」は次の要素に集約されると考える。
 「問いと答え」。
 「共通内容のくり返し(共通性)」。
 「対比・対立(対照性・対立性)」。
 「原因と結果・論拠と主張 (因果性)」。
 『要領』でいう「個別の情報と一般化された情報の関係」は、内容の共通性、および個別と一般の対照性で括られる。

3 物語における論理
   物語においては、次のようなパターンで論理が内在する。
 「謎や問題の提示と解決(問いと答え)」。
 「人物設定における共通性や展開における共通の出来事のくりかえし」。
 「人物設定における対照性(明暗・善悪・生死など)や展開における状況の逆転(前     後の対照性)」。
 「出来事の原因と結果や語り手の論拠と主張(因果性)」。     
   
4 『こころ』教科書採用箇所における論理性〈以下、2018年発行の三省堂『明解         現代文B【改訂版】』を底本とし、( )で教科書でのページを示す。〉
ア 問いと答え
   まず、「精神的に向上心のない者はばかだ」(145)という言葉が、なぜ「Kの前  に横たわる恋の行く手を塞」(146)ぐことになるのか、という問いが読み手に喚起され、直後の二つの段落で答えが説明される。この問いは、「Kが古い自分をさらりと投げ出して、一意(いちい)に新しい方角へ走り出さなかった」(150)のはなぜなのか、という表現として再提起され、直後の箇所で答えが付け加えられる。
   それ以外に、教科書掲載箇所は、いくつかの問いを読み手に喚起する。以下に列挙する。
   「私」はなぜ「K」に対して卑怯なふるまいに終始したのか。
 「私」や「K」に対する「お嬢さん」の本当の気持ちはどうだったのか。
 「K」はなぜ自殺したのか。
これらの問いに対して推論される答えについては後述する。

イ 出来事の共通性
 第一に、「私」の「利己心の発現」(146)のくり返しである。「上野の公園」での場面、「御嬢さん」との結婚を「奥さん」に申し込むことを決意した場面、成立した婚約を「K」に告白できなかった場面などで具体的に表現されているが、最も鮮烈に描かれているのが教科書採用箇所のラストシーン、「K」の遺書に自分と「御嬢さん」とのいきさつが書かれていないことを確認した上で「わざとそれを皆の眼に着くように、元の通り机の上に置きました。」(163)という場面である。
 第二に、「お嬢さん」をめぐる「K」と「私」の思い込みである。思い込みの結果として行動や非行動が生じる、というパターンがくり返される。思い込みとは、現実や事実と異なる、あるいは関連が弱い、にもかかわらず心を制する強い思いである、と定義しておく。これについては、指導書ではあまり言及されていないと思われるので、やや詳述しておきたい。
 まず「K」であるが、彼は「理想と現実の間に彷徨してふらふらして」いた。彼の「理想」は「道のためには全てを犠牲にすべきもの」であり「欲を離れた恋そのものでも道の妨げになる」という「第一信条」であった。これは要するに彼の思い込みである。この「理想」と「現実」(お嬢さんへの恋)との矛盾に苦悩し、身動きできなくなっており、その「隙」に「私」がつけこんだのであった(145~146)。
 また、「K」の自殺の理由は様々に考えられようが、その直接的な契機となったのが自らの失恋と「私」の裏切りを知ったことであったにせよ、「理想」(思い込み)と「現実」(恋)の矛盾がその要因の一つとなったことは、間違いないであろう。彼の「理想」は、「そのために今日まで生きて来たと云ってもいいくらい」(150)のものであった。つまり、彼が生きていることに意味や理由を付与し、彼の生を支えるものであった。彼が恋に陥ってしまったことは、自らの生の意味や理由や支えを失ってしまったことに等しく、その時点で彼は自我の深刻な動揺をきたし、自裁を意識したであろう。彼の口にした「覚悟ならないこともない」(148)という言葉は、そのような思いから発せられたと考えられる。
 「私」についてはどうか。「私」は恋敵としての「K」に勝てないと思い込んでいた。
   教科書掲載箇所ではそのことを示す本文は省かれているが、「あら筋」に「学力、精神力、容貌と、どれをとっても私より優れていると思われるKのほうを御嬢さんは好きなのではないかという思いに、私は苦悩した」(142)とある。「御嬢さん」の気持ちについての誤解、思い込みである。この思い込みが、彼に卑怯なふるまいをくりかえさせた要因のひとつである。「御嬢さん」が「私」との結婚を望んでいたことは、「奥さん」の「本人が不承知のところへ、私があの子をやるはずがありません」(155)という言葉や、「私」の結婚申込みを知った後の「御嬢さん」の反応(158~159)から明らかであるのだが。
 このような思い込みから、「私」は「策略」を用いて「Kの前に横たわる恋の行く手を塞ごうとした」(145~146)。その場面が、「上野の公園」での対話として描かれる。
 次に物語を動かすのは、「彼の用いた『覚悟』という言葉」(152)についての「私」の誤解、思い込みである。「その時の私がもしこの驚きをもって、もう一遍彼の口にした覚悟の内容を公平に見回したらば、まだよかったかもしれません。悲しい事に私はめっかちでした。」(同)
 前述のように、「K」は自裁の覚悟という意味を「覚悟ならない事もない」という言葉にこめていたのであり、この言葉は、後に起こる彼の自殺という出来事の伏線になっている。また、失恋や親友の裏切りに直面する前に発せられたことから、彼の自殺の理由について考える上でも、きわめて重要な言葉である。にもかかわらずこの時の「私はただKが御嬢さんに対して進んで行くという意味にその言葉を解釈」(同)し、この思い込みから「奥さん」に「御嬢さん」との結婚を申し込むことを決意、実行したのである。

ウ 人物設定の共通性
 「私」と「K」には、同郷であり、友人同士であり、同じ大学の学生であり、同居しており、二人とも「お嬢さん」に恋をしている、などの共通性がある。

エ 人物設定の対立・対照性
 「私」にとって「K」は恋敵であり、対立関係にあると認識している。
 「K」にとって「私」は親友であり、対立関係にあるという認識はなく、「私」を信頼していた。

オ 状況の逆転
 「覚悟」という言葉の内容が二転三転する(前述)とともに、「私」の思いや行動も二転三転する。
 「お嬢さん」と「私」の婚約を知らされたことにより、「K」の「私」への信頼が裏切られる。

カ 共通の言葉の意味の対照性
 上野の公園での対話の中で、共通の言葉が異なる意味をもつことによって論理がずれていく。「やめてくれって、僕が云い出した事じゃない、もともと君の方から持ち出した話じゃないか。しかし君がやめたければ、やめてもいいが、ただ口の先や止めたって仕方があるまい。君の心でそれをやめる覚悟がなければ。いったい君は君の平生の主張をどうするつもりなのか。」(148)
 ここでは、「K」が話を「止めてくれ」と言ったのを受けて、「私」は「御嬢さん」への恋を「止める」ことを要求している。

キ 因果性
 くり返しになるが、思い込みの結果として行動や非行動が生じる、というパターンがくり返される。
 また、前述したいくつかの問いとそれに対する答えの中に因果性が内在する。

5 『こころ』を論理的に読解するための学習課題
 以上の読解から、次のような学習課題が考えられよう。

〈学習課題〉
一 「私」が「策略」(145)によって「Kの前に横たわる恋の行く手を塞ごうとし     た」(146)のは「K」をどのように思っていたからか。
二 「ただ口の先でやめたってしかたがあるまい。君の心でそれをやめるだけの覚悟が     なければ」(148)とあるが、
 1 「口の先でやめ」るというのは、何をやめるということか。
 2 「君の心でそれをやめるだけの覚悟がなければ」というのは、何をやめるという     ことか。
三 「覚悟ならないこともない」(148)というKの言葉を私はどういう意味に解釈     したと考えられるか。
四 「彼はそのために生きてきたといってもいいくらいなのです」(150)とはどう     いうことか。
五 「新しい光で覚悟の二字を眺め返してみた私は、はっと驚きました」(152)と     あるが、
   1 この時の私はKの「覚悟」という言葉をどのように解釈したか。
   2 その結果、私はどのようなことを決心したか。
   3 「彼の口にした覚悟の内容」(152)は何だったと考えられるか。後の展開           から推測しなさい。
六 お嬢さんは結婚相手として「K」と「私」のどちらを望んでいたと考えられるか。
七 「それでも私はついに私を忘れることができませんでした」(162)とあるが、     私の何を忘れることができなかったのか。
八 「私の予期したようなこと」(163)とはどのようなことか。 
九 「私はわざとそれをみんなの目につくように、元のとおり机の上に置きました」に     ついて、
 1 私は何のためにそうしたのか。
 2 私のどのような心が読み取れるか。
十 「K」の自殺の理由について考えたい。
 1 「もっと早く死ぬべきなのになぜ今まで生きていたのだろう」(163)とある         が、「もっと早く」とはどんな時より早くということだと考えられるか。
 2 Kの自殺の理由について、どのようなことが考えられるか。
十一 「私」と「K」に共通するのはどんなことか。
十二 「私」と「K」で対照的なのはどんなことか。